風車ノート

(3)風車の設計基準

  • 2025.12.24
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こんにちは!WINC研究員の伊藤(以下、RI)です。

今回のテーマは「風車の設計基準」です。初回に引き続き、今村さん(以下、HI)に講師をお願いしています。今村さん、本日もよろしくお願いします。

HI:はい、よろしくお願いします。

RI:さっそく本題に入ります。風車の設計基準ということですが、基準というくらいですから、どこかに書かれていそうですね。

HI:その通りです。風車の設計に関する基準は、『IEC61400-1:Wind Turbine – Part 1 Design requirement』(風車の設計要件)という規格にまとめられています(※1)。この規格は、IEC(国際電気標準会議、本部:ジュネーブ)が1988年に設置した専門委員会TC88によって定められました。最新版は2019年に発表された第4版で、2025年12月には改訂版(Ed.4.0Amendment)がリリースされました。

(※1)IECの風車に関する規格は多岐に渡るため、別の機会に紹介します。概要は日本電機工業会(JEMA)のWebページ(https://www.jema-net.or.jp/engineering/wind/index.html)を参照して下さい。IEC61400シリーズは日本語に翻訳されたJIS版があります。IECへのエキスパート(専門家)の派遣やJIS版の審議はJEMAが実施しています。

風力発電の技術は日々進歩しているため、規格も数年ごとに改定されます。改訂内容は、各国の専門家(大学、メーカー、認証機関、コンサルなど)で構成されるMT1(Maintenance Team 1)の中で何度も審議されます。ちなみに、MT1の「1」は、IEC61400-1の「1」に由来しています。

RI:タイムリーですね。IEC61400-1には、具体的にどのようなことが書かれているのでしょうか?

HI:IEC61400-1には、風車を安全に設計するための基本的な考え方がまとめられています。風の性質は場所や時間によって大きく変わるため、まず建設予定地点でどのような風が吹くのかを、近隣での観測値やシミュレーションにより予測します。その結果をもとに、「どれくらいの風に耐えられる風車にするか」という”風車クラス”を選定します。IEC 61400-1には、この選定したクラスの風車について、設計方法と、そのクラスが設置予定地点に適合しているかを評価する方法が説明されています。

風車クラスは、風車がどのような風環境で使用されることを想定して設計されたかを示す区分です。この区分は、風速や乱流(風の乱れ、乱流強度)などの外部条件によって決まります。特に重要なのが「風条件」です。ここで、IEC 61400-1で示されている風条件に関する記述を少しのぞいてみましょう。

  • 風車は、選択した風車クラスで定義される予想風条件において、安全に耐え得るように設計されなければならない。
  • 風条件の設計値は、設計文書に明記されなければならない。
  • 荷重と安全を考慮する際、風条件は、風車の正常の運転状態で頻繁に発生する通常条件と、1年又は50年の再現期間で定義される極値風条件に分類される。

これらの記述が意味しているのは、次のような考え方です。風車の設計では、まず「その場所でどんな風が吹くか」を想定し、さらに「どのレベルの風まで安全に耐えるべきか」を明確にする必要があります。

風車ノート(1)風力発電の基本」でも説明したように、自然の風の出現頻度はワイブル分布で表すことができます。この分布を見ると、発電が行われる通常時によく吹く風だけでなく、まれに非常に強い風(極値風)が発生していることが分かります。こうした極値風を考慮することで、風車が長期間にわたって安全に運転できるかを判断します。

これらの考え方を踏まえ、IEC 61400-1では、風車クラスを決定するための基礎となる風条件が整理されています。表1は、風車クラスを決めるための基礎パラメータを整理したものです。風車クラスは「ⅠA」「ⅡB」のように、風速条件と乱流条件の組み合わせで表されます。このため、風車クラスが決まると、その場所で想定すべき風条件も一意に定まります。

風車クラスを決定する基礎パラメータ(ハブ高さ)

パラメータ S
年平均風速:
$V_{ave}$ [m/s]
10 8.5 7.5 製造者が規定
10 分平均基準風速:
$V_{ref}$ [m/s]
50 42.5 37.5
熱帯地域における
10 分平均基準風速:
Tropical, $V_{ref,T}$ [m/s]
57
乱流カテゴリ:
$I_{ref}$
A+ 0.18
A 0.16
B 0.14
C 0.12

基準風速$V_{ref}$ は、10分間平均風速のうち、再現期間50年に相当する極値を指します。これは「50年に一度の確率で発生する非常に強い風」を意味します。また、乱流カテゴリ$I_{ref}$ は、値が大きいほど乱流強度が高く、風の乱れが大きいことを表します。なお、乱流強度は平坦地形を前提としているので、風車に流入する風の仰角(傾き)は8度までという制約があります。風速条件(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、T)や乱流条件(A+、A、B、C)のいずれにも当てはまらない場合には「クラスS」として扱われ、設計者がその条件に応じた設計値を提示することになっています。

RI:通常の基準風速$V_{ref}$ とは別に、熱帯地域における基準風速$V_{ref,T}$ が定められていますが、こちらについてもう少し詳しく教えていただけますか。

HI:「熱帯地域における10分平均基準風速」と「乱流カテゴリA+」は、IEC 61400-1の第4版から新たに追加された基準です。これらは、第3版改定に向けたMT1の場で、日本から提案されたものです。私も提案チームの一員として議論に参加し、個人的にも思い入れのある基準です。そこで、ここではその背景について、少し説明したいと思います。

まず、なぜこの基準を提案するに至ったのかという点からお話しします。もともとIEC規格は、主にヨーロッパの自然環境を想定して策定されました。ヨーロッパは、気候学的に台風やハリケーン(熱帯低気圧)の影響をほとんど受けない地域であり、風車の設計においても熱帯低気圧起因の気象現象は対象外とされていました。また、風力発電の先進国であるドイツやデンマークが位置するヨーロッパ中部から東部にかけては平野が広がっており、山岳地帯や複雑な地形を有する一部の地域を除いて一般に乱流強度も小さくなります。そのため、乱流カテゴリとしてはA、B、Cが基準として設定されていました。

一方、日本では状況が大きく異なります。毎年のように台風が襲来し、国土の約7割は山地や丘陵地で占められています。このような環境に、ヨーロッパを前提とした設計基準をそのまま適用すると、どうしても不具合が生じてしまいます。実際、台風を想定した基準が存在しなかったことも一因となり、2003年には宮古島の風力発電設備において、台風14号による倒壊事故が発生しました。

こうした経緯を踏まえ、日本のような台風常襲地域や、複雑地形をもつ地域にも適用可能な国際規格が必要だと強く感じるようになりました。その結果として提案したのが、「熱帯地域における基準風速」と「乱流カテゴリA+」の二つです。以下に、IEC61400-1の第3版(2005年)から第4版(2019年)に変更された記述を引用します。

【第3版(2005年)】

The particular external conditions defined for classes I, Ⅱ and Ⅲ are neither intended to cover offshore conditions nor wind conditions experienced in tropical storms such as hurricanes, cyclones and typhoons. Such conditions may require wind turbine class S design.

クラスI,Ⅱ及びⅢで定義される特定の外部条件は,洋上条件,又はハリケーン,サイクロン,台風のような熱帯性低気圧で発生する風条件は対象外である。そのような条件では,クラスS設計の風車が必要である。

【第4版(2019年)】

In order to allow the use of wind turbine classes for areas, which may experience very high extreme winds in an otherwise moderate wind climate, a T class reference wind speed is included. Such conditions may be found in tropical areas with hurricanes, cyclones or typhoons. This reference wind speed may be used with the average wind speed in class I-III and turbulence intensities A-C.

年間平均風速は高くないが,極値風速が非常に高くなる可能性がある地域に対して,風車クラスを使用可能にするために,クラスTの基準風速が追加されている。このような条件は,台風のような熱帯低気圧の影響を受ける地域で見られる場合がある。この基準風速は,クラスI〜Ⅲ及び乱流カテゴリA+〜Cの平均風速とともに使用できる。

RI:今村さんが提案に関わった基準だったとは…驚きました。ちなみに、熱帯地域における基準風速$V_{ref,T}$ という値は、どのように決められたのでしょうか。

HI:この値は、各国の協力による調査に基づいて決定されたものです。熱帯低気圧の影響を受ける地域として、日本に加え、アメリカ、中国、韓国、台湾が調査対象として名乗りを上げました。これら5か国それぞれについて、各国の建築基準等で用いられている基準風速とカバー率(※2)の関係を調査したところ、 57m/sと設定すれば平坦地のほぼ全域をカバーできることが分かり、基準として採用されました。

(※2)カバー率:採用した基準風速が、各地域に定められた基準風速を上回っている割合。すなわち、その基準風速が適用可能な地域の割合を表す。

この提案が採択された大きな理由の一つが、提案に関わった5ヵ国が、風力発電市場として欧州から見ても無視できない規模になりつつあったことです。実は、第3版への改訂の際にも、日本から台風クラスの提案を行ったのですが、当時は「日本という限定的な市場向けの提案」と受け取られ、採用には至りませんでした。しかし、クラスTが追加されたことで状況は大きく変わりました。欧州の風車メーカーは、クラスTに対応した風車、すなわち日本市場にも適用可能な風車を製造するようになり、国際規格が市場と強く結び付く結果となりました。

ちなみに、乱流カテゴリA+の0.18という値も、複雑地形の多い日本の観測データに基づいて決定されたものです。NEDOのフィールドテスト事業(※3)において、日本国内304か所で実施された観測データが、この検討に活用されました。このような大規模な観測データは世界的にも珍しく、実測データに基づいた提案であったことが高い説得力につながりました。

(※3)風力発電フィールドテスト事業の紹介(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jwea1977/30/1/30_1_48/_pdf/-char/ja

RI:きちんと調査を行っての決定だったのですね。決定に際して、苦労したことや印象に残っているエピソードはありますか。

HI:ヨーロッパでは台風が身近な現象ではないこともあり、会議の場では、欧州の専門家から、台風の風特性について多くの質問が寄せられました。そこで、日本の観測データ(※4)や関連する論文(※5)を示しながら説明を重ねることで、理解を深めていただきました。

(※4)日本型風力発電ガイドライン策定事業の最終報告書(https://www.nedo.go.jp/library/furyokuhoukoku_index.html

(※5)Ishihara, T. and Yamaguchi, A. (2014), Prediction of the extreme wind speed in mixed climate region by using Monte Carlo simulation and Measure-Correlate-Predict method, Wind Energy(台風による極値風速の算定方法)

MT1において加盟国の合意を得ることは容易ではなく、議論には相当な時間と労力を要しました。MT1は全体会議という位置づけで、参加国の持ち回りにより、3か月ごとに開催されていました(表2)。議論すべき内容が多岐にわたるため、テーマごとにサブワーキングが設けられ、詳細な検討が行われました。その検討結果はMT1で報告され、最終的な判断が行われました。

私がリーダーを務めた Tropical Storm サブワーキング(8つあったサブワーキングの一つ)では、欧州、日本、アメリカの専門家による議論を重ねました。時差の関係で、日本時間の深夜から電話会議を行うこともありました。各国の立場や背景を踏まえながら、技術的な妥当性や文書表現について合意を形成していく作業は容易ではありませんでしたが、日本からの提案が国際規格の中で一つの形として反映されていく過程を間近で見られたことは、大きな達成感のある経験でした。

第3版改定に向けたMT1の開催スケジュール

私が参加した11回の会議で主要な技術的議論はほぼ終了しましたが、その後、規格文書を完成させるために、さらに数回の会議が開催されました。

議長 Peter Hauge Madsen(デンマーク)
幹事 Paul Veers(アメリカ)
参加国 デンマーク、ドイツ、イギリス、スペイン、イタリア、
スウェーデン、アメリカ、中国、韓国、台湾、日本
日程 幹事機関(国)
1 2011年12月7日~8日 DTU(デンマーク)
2 2012年3月8日~9日 GE(ドイツ)
3 2012年6月7日 ~ 8日 NREL(アメリカ)
4 2012年9月27日~28日 Lloyd(イギリス)
5 2013年1月10日~11日 IEC(スイス)
6 2013年4月24日~25日 DTU(デンマーク)
7 2013年6月26日~27日 UL(アメリカ)
8 2013年9月24日~26日 JEMA(日本)
9 2013年12月3日~4日 Oldenburg大(ドイツ)
10 2014年2月25日~26日 NREL(アメリカ)
11 2014年6月3日~4日 UL(デンマーク)

第4回ロンドン会議(2012年9月)のスナップ

第4回ロンドン会議(2012年9月)のスナップ

ロイド船級協会の由緒ある会議室にて。立っている人物は、議長のMadsen教授(デンマーク工科大学)。

文章の改訂作業には多くの時間を要し、2011年にMT1が開始されてから新しい版が発行されるまでに9年を要しました。各段階では各国から多数のコメントが寄せられ、それらすべてに対して一つ一つ対応することが求められます。CDV(委員会原案)の段階では投票が実施され、多数決により承認されるとFDIS(最終規格原案)へと進みます。その後、最終投票を経て正式に発行されます。このような手続きを経るため、規格の改訂および発行には長い時間を要することになります。


規格発行までのプロセス

規格発行までのプロセス

RI:本当に骨の折れる作業だったのですね。お疲れ様でした。

HI:ありがとうございます。その後、洋上風車や浮体式風車、雷に関する規格などについても日本からの提案が行われ、IEC規格策定作業には多くの日本人エキスパートが参加するようになりました。そうした流れを見ると、微力ではありますが、自分の取り組みも何らかの形で役に立ったのではないかと感じています。

次回は、風条件の説明でも触れた「極値風速」についてお話しします。どうぞお楽しみに。


さらに詳しく知りたい人へ

IECへの国際提案に関連した当時の学術論文・講演論文のリストです。

 

(了)