風車ノート

(2)ウェイクロス(後流損失)

  • 2025.12.1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

この記事は約 9 分で読めます。

こんにちは!WINC研究員の伊藤(以下、RI)です。

今回のテーマは「ウェイクロス」です。前回、Net AEPのところで少しだけ登場したのですが、覚えているでしょうか?

今回、講師を担当していただくのは、業界一の風況の専門家・植田さん(以下、YU)です。植田さん、本日はよろしくお願いします。

YU:はい、よろしくお願いします。

RI:早速ですが、ウェイクロスとは何か、簡単にご説明いただけますか?

YU:ウェイク(後流)とは、物体の背後に生じる風速が低下した流れのことです。特に風力発電では、風車のウェイク域で風速が弱まる現象を指します。この風速低下によって発電量が減少することを「ウェイク損失」または「ウェイクロス」と呼びます。

風車の発電による発電量(発電電力量)の損失には図1のような内訳がありますが、ウェイクロスは発電量損失の主要な要因の一つで、全体の約10%を占める場合もあります。そのため、ウェイクを理解することは、発電量予測や風車のレイアウト検討において非常に重要です。


発電量損失の内訳の例

発電量損失の内訳の例(※1)

(※1)A.Clifton , et. al “Wind Plant Preconstruction Energy Estimates: Current Practice and Opportunities”, NREL/TP 5000 64735, 2016.

RI:ウェイクロスは、意味をそのまま体現した名称なのですね。ウェイクによって発電量が減少する理由について、もう少し詳しく教えていただけますか?

YU:もちろんです。ウェイクが発電量を減少させる主な理由として、2つ挙げられます。

(1) 風速の低下

風力発電では、発電量は風速によって決まります。発電量は風速の3乗に比例しますので(※2)、風速が低下すると、その発電量に対する影響は3乗で効くことになります。カットイン風速以下になると、発電自体が停止します。前回習ったパワーカーブを思い出すと分かりやすいでしょう。また、低風速時はスラスト係数(下で説明します)が大きいため、高風速時に比べて風速の低下の度合いが大きくなります(図2参照)。

(2) 乱流の増加

乱流とは風の乱れのことです。数秒から数10分の間で風が強くなったり弱くなったりを不規則に繰り返す状態を指します。乱流が大きいと風車に変動負荷がかかるため、それが風車の設計値よりも大きくなる場合は、安全のために運転を止める必要が出てきます。これをウィンドセクターマネジメントと言います。乱流を表す指標に乱流強度がありますが、これはまた改めて扱います。

(※2)カットイン風速から定格風速の少し手前の風速までは、風車の発電出力は風速の3乗に比例しますが、定格風速以上になると、所定の出力になるよう制御されるため、すべての風速範囲で風速の3乗にはなりません。

スラスト係数の例

スラスト係数の例

RI:ウェイクロスには、発電量に直接影響するものと、間接的に影響するものがあるのですね。ところで、スラスト係数とはどのような係数なのでしょうか。そもそも、「スラスト」とは何でしょう?

YU:「スラスト」とは、推進する力、つまり前に進むための力のことです。たとえば、船は船尾のプロペラを回して海水を後方に押し出すことで前進します。飛行機はジェットエンジンからガスを後方に噴射し、その反作用で前に進みます。このように、周囲の流体に運動量を与えることで、前向きの力=スラストが生じるのです。

では、風車の場合はどうでしょうか。船や飛行機とは異なり、風車は自ら移動せず、風がローターを通過していきます。その際、ローターには風向きと同じ方向の力がかかります。風にとっての”前向きの力”が、風車にとっての「スラスト」なのです。

このスラストを無次元数として表したものが、「スラスト係数(Thrust Coefficient, $C_T$)」です。スラスト係数は次の式で表されます:
$$
C_T = \frac{T}{A \cdot \frac{1}{2} \rho U^2}
$$

($C_T$:スラスト[N]、$A$:受風面積[m2]、$\rho$:空気密度[kg/m3]、$U$:風速[m/s])

つまり、スラスト係数とは、スラスト$T$を「受風面積$A$」と「動圧(流体が持つ運動エネルギーを圧力に変換した値:$\frac{1}{2} \rho U^2$)」の積で割ったものです。

船及び飛行機のスラスト

船及び飛行機のスラスト

風車のスラスト

風車のスラスト

RI:少し難しいですね。スラスト係数とウェイクロスの関係が、まだよく分かりません。

YU: スラストが働くことでローターが回転し、風のエネルギーを取り出すことができます。しかし同時に、風をせき止めるような効果が生じるため、風車の後方では風速が低下します。これがまさに「ウェイクロス」です。

スラストが大きいほど、風を強く減速させるので、ウェイクロスも大きくなります。スラスト係数の定義式を見ると、分子にスラスト が含まれています。したがって、スラスト係数が大きいほどウェイクロスが大きくなる、ということが分かります。

RI:なるほど、理解できました。

YU:では次に、「ウェイクモデル」についてお話ししましょう。ウェイクモデルとは、その名のとおり、風車の後方に生じるウェイクを表現するためのモデルです。主な入力パラメータには、ローター径、ハブ高さ、風車間距離、乱流強度、そしてスラスト係数などがあります。このことからも、先ほどまで話していたスラスト係数が、ウェイクロスにとって重要な要素であることが分かります。これらのパラメータをサイト(風車設置地点)の風速出現頻度と組み合わせることで、最終的にウェイクロスを求めます。

ウェイクモデルは、風況解析や発電量予測を行うためのソフトウェアに組み込まれています。例えば、WindPRO(※3)、OpenWind(※4)、WindFarmer: Analyst(※5)は、世界の風力業界で広く利用されている代表的なソフトウェアで、いずれも複数のウェイクモデルを選択できます。産業界で使用されるウェイクモデルの多くは「エンジニアリングモデル」と呼ばれ、実験や観測から得られた経験式や単純化した数式でウェイクを表現します。計算が速く、風車レイアウトの比較検討に適しています。

(※3)windPRO(emd社)
(※4)Openwind(UL Solutions社)
(※5)WindFarmer: Analyst(DNV社)

また、大学や研究機関などが開発しているウェイクモデル(例:FLORIS(※6)、PyWake(※7))、発電事業者が自社で開発しているウェイクモデル(例:TurbOPark(※8))もあります。最先端のウェイクモデルは、研究論文やIEA Wind(国際エネルギー機関における風力の技術協力プログラム)の研究成果などで紹介されています。大学や研究機関では、スパコンやPCクラスタを用いて、ウェイクの大規模計算を行っているところもあります。

(※6)FLORIS(NREL)
(※7)PyWake(DTU)
(※8)TurbOPark(Ørsted)

RI:ひとくちにウェイクモデルといっても、色々な種類があるのですね。モデルの種類によって、ウェイクの表現方法も変わるのでしょうか?

YU:そのとおりです。単機の風車ウェイクをモデル化する際は、「風車によって風速がどれだけ低減するか」と「低減した風がどのように広がり、元の風速に回復していくか」の両方を考慮する必要があります。さらに、複数台の風車が設置された場合には、ウェイクの重ね合わせもモデル化されます。このとき使われる代表的なアプローチが、「エンジニアリングモデル」、「渦粘性(EV: Eddy Viscosity)モデル」、「アクチュエータディスク(AD: Actuator Disk)モデル」の3つです。

    • エンジニアリングモデル(図5
      • 運動量理論(※9)に基づき、スラスト係数により速度欠損を表すモデル
      • ウェイクの形状を台形で表す“トップハット形”、ガウス分布で表す“ガウシアン形”などがある
      • ローター径、減衰係数、離隔距離により、ウェイクの拡散・回復を計算
      • 流体計算とウェイク計算が別々のため、風車機種の変更やレイアウト変更を多数実施しても、計算負荷は小さい
      • 実務では最も広く使われる手法
    • 渦粘性モデル(EV Model;図6
      • 軸対象の流体方程式を解き、”見かけ上の粘性項”として速度欠損を表すモデル
      • 上記の粘性抵抗により、ウェイクの拡散・回復を計算
      • エンジニアリングモデルよりは計算時間がかかるものの、実務でも広く使われる
    • アクチュエータディスクモデル(AD Model;図7
      • 風車を「風の流れを減速させる円盤」として近似(モデル化)し、直接、3次元の流体方程式の外力項として解く
      • ウェイクの拡散・回復は流体計算に含まれる
      • 風車機種の変更やレイアウト変更の場合、流体計算を再度行う必要がある
      • 主に学術研究や詳細解析に使われる

(※9)運動量理論(momentum theory)とは、物体と流体との間で運動量が保存されることを利用し、力(抗力・揚力)や速度変化を求める力学的理論です。発電時、風車は風の運動量を受け取り、発生したトルク(ブレードを回転させる力)により発電機を回転させ電気に変換します。風車が運動量を受け取った分だけ、流体側(空気)の運動量は減少します。その結果、風車通過後の風速は上流よりも小さくなります。

エンジニアリングモデルの出力例

エンジニアリングモデルの出力例
渦粘性モデルの概念図

渦粘性モデルの概念図

アクチュエータディスクモデルの概念図

アクチュエータディスクモデルの概念図

一般に、高精度な計算は時間とコストを要します。一方で、発電量予測の精度を左右する大きな要素の一つがウェイクモデルです。このため、民間の実務では、予測精度と計算コストのバランスを踏まえた合理的判断が重要となります。

RI:学生時代は計算コストを全く気にせずに気象モデルを用いて研究していたので、そこがアカデミックと産業界で違うところだと感じました。産業界でも利用できるような、低コストで高精度なモデルが普及するとよいですね。

YU:そうですね。ウェイクモデルは古くから研究されていますが、未解明な点もあり、現在も改良が続けられています。同じ解析環境で利用できるウェイクモデルの選択肢が増えると、より柔軟な対応が可能になります。

また、サイトの特性や目的に合わせてモデルを選択したり、組み合わせることも必要になります。したがって、単純にモデルの種類だけで優劣を判断することはできません。近年は洋上風車の大型化やウィンドファームの大規模化が進んでおり、単一モデルでは十分に再現できない場合があります。

次回は「風車の設計基準」についてお話しします。導入編ですので、気軽に聞いていただければと思います。


さらに詳しく知りたい人へ

◆ ”アクチュエータディスク”と”流管”

アクチュエータディスクとは、風車ローターによる風への作用を簡略化して表す理論モデルです。ローターブレード全体を“薄い円盤(ディスク)”として扱い、風に抵抗(運動量の損失)を与える面として表現します。

一方、流管(streamtube)とは、流体の流れを示す仮想的な細い“管”のことです。管の壁面には流線が並び、その内部では流体が外に漏れず、外からも流体が入ってこない領域を表します。流感は、ある物体(例えばアクチュエータディスク)を通過する流れだけを取り出して解析する際に用いられます。

図8は、流管の断面と風車をアクチュエータディスクとして表しています。風車によって風の運動エネルギーが失われ、風速が低下した領域が流管です。その一方で、流管の外側は自由流速度となっています。また、図からわかるように、流管の断面積はディスクの上流側に比べて下流側で大きくなります。この断面積の拡大は、流管内で質量流量が一定であることによって生じます。

アクチュエータディスク(風車)と流管

アクチュエータディスク(風車)と流管

風は、アクチュエータディスクによってその前面で圧力が上昇し、ディスクを通過することで風からエネルギーを取り出し、後方では大気圧以下に降下します。この圧力差によって生じる力がスラストです。スラストは次の式で表されます:
$$
T = (P_1 – P_2) A
$$

$T$:スラスト
$P_1$:アクチュエータディスク前面の圧力
$P_2$:アクチュエータディスク通過後の圧力
$A$:アクチュエータディスクの断面積

一方、飛行機や船をアクチュエータディスクと流管で表したものが図9です。風車とは異なり、下流の圧力の方が高くなり、スラストの向きも逆になります。下流側の流管断面積が小さくなるのは、エネルギーを使って流れを加速させているためです。

アクチュエータディスク(船または飛行機)と流管

アクチュエータディスク(船または飛行機)と流管

◆ 参考文献

(了)